永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫) epubダウンロード
永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫)
永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫) epubダウンロード - 檀上 寛による永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫)は講談社 (2012/12/11)によって公開されました。 これには320ページページが含まれており、本というジャンルに分類されています。 この本は読者からの反応が良く、5人の読者から4.9の評価を受けています。 今すぐ登録して、無料でダウンロードできる何千もの本にアクセスしてください。 登録は無料でした。 サブスクリプションはいつでもキャンセルできます。
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永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫) の詳細
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書名 : 永楽帝――華夷秩序の完成 (講談社学術文庫)
作者 : 檀上 寛
ISBN-10 : 4062921480
発売日 : 2012/12/11
カテゴリー : 本
ファイル名 : 永楽帝-華夷秩序の完成-講談社学術文庫.pdf
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1997年講談社メチエより出版された『永楽帝―中華「世界システム」への夢 (講談社選書メチエ)』を文庫化。旧副題「中華「世界システム」への夢」とあるように、クビライのコンセプトを継承し、東アジアの世界秩序を再構築したという観点から永楽帝を評価した本。「君主華夷から華夷一家」つまり華夷に君臨するのではなく華夷を統合する、多民族複合国家としての明の体制を確立した永楽帝について論じている。第3章~第6章は彼の簒奪と粛清について。著者はこの簒奪と粛清を永楽帝の原罪と呼ぶ。永楽帝の治世の暗さと重苦しさはすべてここに起因している。第7章では、非合法な即位を正当化するために永楽帝が行った史実操作や事績について論じている。・太祖実録の三度の編纂・革除と嫡出の詐称・「奉天靖難記」・「永楽大典」・三つの大全永楽帝は自分が太祖洪武帝の後継者であること、太祖の嫡子であることを強調する。同時に建文時代を洪武時代に逆行した時代と既定する。「革除」ということで建文朝4年間の史実を歴史から抹殺した。また、永楽帝は唐の太宗と貞観の治をモデルにしていた。クーデターにより実の兄と弟を殺して唐高祖より帝位をある意味強奪した唐の太宗の治績を自分になぞらえていたのだろう。しかし、そんな「永楽盛時」も、著者に言わせるとその実態は「天子の名の下での皇帝権の強化と息苦しいまでの専制支配」と一刀両断されてしまう。第8章は、この本の本来のメインテーマを論じている章。永楽帝がなぜあれほど積極的に外交を展開し、朝貢に拘り、果ては鄭和の大遠征を行うなどの理由について、著者は、永楽帝がクビライの再来を自認していたのではないかと論じる。太祖洪武帝の継承者に甘んずるかぎり、簒奪者の汚名を拭い去ることができない。そこで永楽帝は、王朝内革命を合法化するために、新しい皇統を創出する道を選ぶ。四夷の朝貢の盛時(『足利義満 - 公武に君臨した室町将軍 (中公新書)』が結構参考になる)、東アジアに新たに国際秩序(=帝国)を構築することで簒奪の汚名を払拭しようとする。王朝内革命を合法化し、新しい皇統を創出するには新天子のもとで誰もが納得する盛世を現出する必要があると。それらにより太祖を超越することができると考えたと。その意味で永楽帝は、新しい中華を創出したのであり、成祖という廟号は極めてふさわしい。解禁と経済統制、政治と経済の一体化により、中華と夷狄の関係が秩序化され、朝貢貿易による利益を出しに華夷秩序の維持が図られた。中華の圧倒的な政治力・経済力をもとに、中華独尊の統制的かつ開放的な世界が構想された。つまりそれが永楽帝が構想した中華世界システム=新世界秩序構想であると。この構想では、だからこそモンゴルは取り込まれなくてはならなかった。彼の5回にわたる北伐への執念はこの構想から来ている。だからこそ、帝都は群臣のあれだけの反対を押し切ってまで北京(つまり元の大都)でなければならなかったと論じる。もう一つ欠かせないのが永楽帝のもう一つの側面、希代の悪王、暴君しての永楽帝であり、言わばこの本のもう一つの主題でもある。うんざりするぐらい何度となく書かれる粛清の数々。壬午殉難と瓜蔓抄と十族(朋友門下生も含めて)でおよそ一万余人を粛清した。礼部尚書陳迪(ちんてき)の息子たちの耳と鼻を削ぎ、煮込んで陳迪の口に押し込むとその味を尋ねた。「忠臣の孝子の肉、これ以上の美味はござらぬ」処刑された者たちの妻や姉妹は教坊司に送られた。要は娼婦にさせられた。副都御史茅大芳の妻は教坊司に入れられたとき56歳。入った年に病死。永楽帝にどうするべきか聖旨を求めたところ、京師の上元県の門外に放り捨てて犬に食わせろと言い放った。方孝孺に対しては、小刀で口を切り裂いて牢獄に放り込むと、見せしめとして一族門下生を捕縛すると彼の面前で斬殺した。第10章でも、多くの女性を後宮に、特に朝鮮に対してたびたび美女の献上を命じている永楽帝だが、「魚・呂の乱」で連座者が2800人。一人残らず処刑された(「朝鮮王朝実録」に顛末が記述されている)。
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